こたママと小太郎最期の対面

こたパパ@全国100年老舗節約グルメ旅人です。

 

今日は「こたママと小太郎最期の対面」についてのお話。

 

こたママは、いなくなる最後の約半年間は1回も病院を出ることができなかったのだ。コロナ面会制限もあり、ライン電話等での対面はしていたのだが、当然小太郎とは最期まで直接会えなかったのだ😭。

 

実はこたママは、「治る見込みがない」とのことで大学病院から緩和病棟のある病院への転院を勧められていたのだが、これには大きな支障が二つあったのだ😥。

 

一つ目は、長い入院生活で仲良くなった看護師との別れ等、慣れた環境が変わることをこたママが極端に嫌がったこと。もう一つは、緩和病棟に入る際は、こたママに真実(絶望の言葉)を告げなければならないことだった😨。

 

こたパパにはこたママとの「希望の言葉という約束」があったために、こたママにはこういう説明をしていた。「こたママの状態は落ち着いているし、大学病院は原則先端医療を受ける人優先だ。もし状態が悪くなればまた大学病院に戻れるし、一時的なものだ。」😣

 

こたママはしぶしぶ納得し、こたパパは転院先の病院とも調整し、「緩和病棟」ではなく、あくまでも「一般病棟」に移る調整をしていたのだ。そして、この病院移動がコロナ禍において、こたママが小太郎と会える唯一のチャンスと考えたのだ😐。

 

こたパパはこの移動に、あえて「民間救急車」を手配していたのだ。なぜなら民間救急車の場合、移動ルートに「一定の要望」ができるからである。こたパパは転院先の病院手前の公園で、少しだけ小太郎と会える段取りを準備していたのだ🙂。

 

ところが、しばらくしてこたママの病状が転院すら難しい状況となり、結局こたママは最後まで世界一大好きな小太郎と直接会うことができなかったのだ😭。

 

病院に葬儀社の車が到着し、こたママは仮棺に入ったのだが、火葬前にどうしても小太郎と会わせたかったこたパパは、葬儀場の前に自宅に寄っていただくよう運転手の方にお願いして、結局車の中でこたママと小太郎が対面できることになったのだ😂。

 

小太郎は棺の中に入っているこたママの上に直接載って、くんくんにおいをかいでいたな。何せ小太郎が世界で一番好きなのはこたママなのだ。こたママもかなり重たかっただろうが絶対喜んでいたに違いない。こうしてこたママと小太郎は半年ぶりに直接対面を果たしたのだ🤣。

 

「こたママの初盆」という記事で記載した通り、将来こたパパと小太郎は、こたママと同じ場所で樹木葬になり、それまではこたママを納骨しないので、結局ずっと3人一緒に暮らすのだ(こたママ希望の超わがまま樹木葬の場所は子供たちに探索を任せる)。そしてその日が訪れるまでは、とりあえず3人で「全国100年老舗節約グルメ旅」を頑張ろうと考えている、こたパパである😉。

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