幸せのハードル


こたパパです。

 

今日は「幸せのハードル」についてのお話。

 

こたママの闘病期間から現在に至るまで、こたパパがこたママに感謝していることがある。それは、「幸せのハードル」を思いきり下げてくれたことなのだ😌。

 

こたママが入院から帰宅して、お風呂に入る際に「本当に幸せだ」と泣いたことがある。病院の入浴施設はお世辞にもきれいとは言い難いし、時間も順番も決まっている。自宅のきれいなお風呂に、好きな時間にいつでも入れることがどれだけ幸せなことか、こたママは実感したのである🙂。

 

また、抗がん剤の副作用でこたママの味覚や嗅覚が無くなったときも同様だ。その期間中、食事は楽しみどころか苦痛でしかなかったようだ。入院インターバルで、自宅で味覚や嗅覚が少し戻り、それこそ最高級の調味料と食材で食事ができることがどれだけ幸せかと言っていた🙂。

 

健常者にとって、日々のお風呂や食事は、特別な感情もなくルーティン化していることが多い。「幸せは何気ない日常にある」こういった話は昔からよく聞くのであるが、今までのこたパパなら、「はいはいそうですね」的に、他人事として軽く受け流してきたはずだ。「頭」ではわかっているつもりでいても「実感」がなかったからである🤔。紛争地域の荒廃や難民の悲惨さをニュースでいくら聞いても、「まあ大変だな」くらいにしか感じてこなかったことと同じである😦。

 

ところがこたママと闘病生活を続けていると、お風呂や食事以外にも小太郎と散歩したり、桜を見に行ったりできる「何気ない日常」がどれだけ幸せかを「実感」できるようになった。要は「幸せのハードル」が下がったということなのだ😀。

 


例えば小太郎との「100年老舗飲食探訪」にしても、車があって、時間があって、お金があって、小太郎と自分自身が元気でなければできないことだ。そう考えると、こたパパはなんて幸せなんだろうと自然に感じるのだ😄。

 

「幸せのハードル」が下がるというのは、不幸な自分をなぐさめる、あるいは紛らわせるために「無理にそう考えろ」ということではない。「自然とそう感じる」ものなのだ。そのことを、こたママは、最後にこたパパに教えてくれたのだ😉。

 

ただ、「幸せのハードル」の件自体はこたママに感謝はしているものの、どうせならもう20年くらい後でもよかったのにと、かなり複雑な感情のこたパパである😖。

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