こたパパ@全国100年老舗節約グルメ旅人です。
今日は「こたパパ母の初盆」についてのお話。
今からちょうど4年前に「こたママの初盆」という記事をブログアップしたのだが、今年7月にこたパパ母が天に昇ったのだ。一般的には今年が「初盆」ということなのだろう🤔。
ただ浄土真宗においては、四十九日後の最初の盆を「初盆」とするらしいので、厳密には今年ではないらしいのだが、こたパパ家にとってはどちらでも特に問題ないのだ。なぜならこたパパ家では法要の類を「一切行わない」からである🙂。
不思議なことに、こたパパ母もこたママも「法要」たるものが大嫌いで、「自分には一切不要」という考え方は見事に一致していたのだ。またこたパパ母は戦前生まれにも関わらず極めて進歩的な考えの持ち主で、「今後の時代はお墓不要」といって祖父母が購入してくれていた墓地にお墓を立てず、こたパパ父と同様に、大阪では極めて有名な一心寺というお寺で、自分の遺骨を仏像にするということが遺言なのだ😅。
さらにこたママも、「こたママの初盆」に記載したとおり、小太郎と一緒に眠れる場所の「樹木葬」が希望で、こたパパもそれに付き合うと決めているため、現在まで納骨も各種法要もせず、将来は子供たちに二代目小太郎を含めた4人分の樹木葬を依頼することにしているのだ。そのため、こたパパ家では、お墓を建立したり、各種法要を行うことが全く必要ないのだ🙂。
ただ普段も何もしないということではなく、ご飯お供えやお線香は毎日あげており、こたママはペンダントという形で、全国100年老舗節約グルメ旅をはじめ、富士山登頂や大相撲観戦など各種イベントにも全て参加しているのだ😁。
これらの考え方には、かなり違和感を持たれる方も多いとは思うのだが、これにはこたパパ母の波乱万丈な生き様が影響しているのかもしれないなぁ。こたパパ母は鹿児島の裕福な開業医の家に生まれ、東京のいわゆるお嬢様学校に進学したのだが、そこで両親の大反対を押し切ってすぐ結婚してしまったのだ😅。
案の定その結婚はほどなく失敗したのだが、実家には戻らず、子供二人を抱えて保険外務員になり、日本どころか世界でも表彰される程の優秀な成績を上げていたのだが、日本的な集団主義や同調圧力が大嫌いで、会社内でもかなり自分の好き勝手に行動していたらしいのだ。そういえば、行楽地が空いてるとか言って、こたパパたちに平日学校を休ませ遊びに行ったこともあったなぁ😅。
結局こたパパ母は再婚後に独立して、個人保険事務所まで設立し、施設に入る75歳くらいまで働いたのだ。こたパパ母はよく「とにかく自分の思ったように生きればいい」と言っていたのを思い出すが、今の時代ならともかく、当時は世間的な風当たりもかなり強かったのではないかと思うのだ。まさに「苦労はあっても後悔のない人生」と言えるのではないかなぁ🤔。
こたパパ母は、苦労しながらも一般的な社会常識にとらわれない、自由な生き方を模索し実践してきた結果、そのような考えにたどり着いたのだろう。そして、その考えは少なからずこたパパやこたママにも影響を与えてきたと思うのだ。例えば、こたパパの全国100年老舗節約グルメ旅だって、一般的常識なら平凡サラリーマンが実現できる企画とは到底思わないはずである。そういう意味でも、こたパパはこたパパ母に感謝しているのだ😌。
しかし考えてみると、こたパパ両親、こたママ両親、そしてこたママやおじさんなど、近年近しい親族がどんどんいなくなってしまったなぁ。今年は長女に初孫が生まれて、こたママ母との対面も果たしたことは非常におめでたいことだったのだが、その一方でそろそろ自分の人生のエンディングを意識して残りの余生を過ごさねばとあらためて実感している、こたパパである😉。
妻に先立たれた50代サラリーマンが、 残された愛犬コーギー(小太郎)と妻(ペンダント)で100年老舗飲食探訪の旅を開始しました。
目次
コメント